NICONICOYASAI FARM

🌿 NICONICOYASAI ― 信念の種を蒔く旅路

NICONICOYASAI Farm 代表 Nguyen Phuoc Thien氏

経営者:Nguyen Phuoc Thien氏(Ea Na, Đắk Lắk)

赤土の大地がどこまでも広がるバンメトート。その高原に、多くの人とは逆の道を選んだ一人の若き農夫がいる。安定という名の安心を手放し、慣れ親しんだ化学農法を退け、ただひたすらに、有機の種を蒔き続けてきた。

彼の名は、グエン・フック・ティエン。そして日本人の塩川実氏とともに、有機農業モデル「Niconicoyasai」を立ち上げた人物である。

「農業は、生きるための手段なのか。それとも、いのちを守るための営みなのか。」

ふるさとの田から芽生えた違和感

純粋な農家の家に生まれ育ったティエンにとって、幼少期の風景は常に田畑とともにあった。両親は別の郡で稲作に従事し、伝統的な農業観に従ってきた。収量を上げるには化学肥料と農薬が不可欠――それが当たり前だった。しかし成長するにつれ、彼はその”当たり前”の裏側に目を向けるようになる。もともと丈夫だった身体が、農薬に触れるたびに重くなる。傷ついているのは作物だけではない。農民自身の健康も、静かに蝕まれていた。

「高品質でありながら、生産者の健康も守れる農業はできないだろうか。」

太陽の国での転機

2010年、彼は日本の埼玉へ渡り、有機農業に携わる農家たちと共に汗を流した。ブロッコリー、トマト、青ねぎ、レタス、そして稲作。堆肥づくり、土壌改良、化学資材に頼らない持続可能な生態系の構築。さらに2023年には、「日本自然農業協会」の支援を受け、熊本、福岡、鹿児島、水俣などを訪問。自然農法の実践現場を体験し、農業の基盤とは何かをあらためて学び直した。

そこにあった核心は、「土」にあった。物理性・生物性・化学性――この三つが調和してこそ、土は生き、作物もまた健やかに育つ。

NICONICOYASAIの畑の全景

裸一貫からの出発

2011年、ティエンは塩川実氏とともに土地を借り、独立を決意する。それが「Niconicoyasai」の始まりだった。石のように硬い土と、資金のない現実。鍬を握り、手で土を起こす日々。市場では疑念の声が響く。「化学肥料を使わずに、どうやって育てるのか?」生活を支えられず、仲間は去っていく。最後に残ったのは、ティエンと塩川氏の二人だけだった。

なぜ始めたのか。なぜ有機なのか。この先に何があるのか。問いこそが、彼を支える支柱となった。

支え合いから広がる未来

転機は、ホーチミン市在住の日本人コミュニティから訪れた。有機農業の価値を理解する人々が、適正な価格で購入してくれた。現在はクロンボン郡、さらにモックチャウ(ソンラ省)へと拡大。日本のJAS基準に基づき、有機転換を志す農家への技術支援と買い取りを行っている。

2019年、長年の積み重ねの末、彼は初めて自らの土地「Eana Farm」を手に入れた。この農園は、森のような多様性を育む”フォレストガーデン型農業”へと進化している。Eana Farmは、単なる農場ではない。志を同じくする人々が出会い、つながる場でもある。

NICONICOYASAI野菜パッケージスタッフと収穫した有機野菜

種を蒔く人の哲学

「人ができることは、自分にもできる。人がまだできていないことも、努力すれば必ずできる。」

彼にとっての喜びは、享受ではなく創造にある。未来へ善きものを残すこと――それこそが本当の幸福だという。農業とは、土のいのちを守り、人のいのちを育み、まだ見ぬいのちへと未来を手渡す営みなのである。

自然農法の堆肥・藁自然農業の発酵液・天恵緑汁

日本とベトナムの農業交流NICONICOYASAI Farmの農道とビニールハウス

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